HOME>Perfume

方言に呼ばれて・・・

突然ですが、父が入院中です。
そしてもう退院することはありません。
まぁ、こればかりは誰もが必ず受け入れなければならないことで、仕方のないこと。
僕も割り切っていますので、どうぞお気になさらず。

と言いながら、なぜこんな話をしたのかと言いますと、ちょっと驚いたことがありまして・・・


昨日は叔父や叔母が父を見舞いに来てくれました。
父は豊橋(愛知県)出身なので、叔父叔母も当然バリバリの三河弁です。
病室に着くなり、いきなり三河弁炸裂でまくし立てます(笑)

「兄貴!こんなところでなにを楽しとるだね!」
「いつまでも皆を困らせとっちゃいかんだに!」

辛口で、テンポよく、父をからかうような内容。
でも、気持ちが言葉に乗るとはこういうことなのでしょうか。
その温かさに、僕は不覚にも病室で目頭が熱くなり、突然上を向きながら廊下へ飛び出してしまいました。
でも、驚いたのはこの後でした。


数学が得意でキレ者だった父。
それが今では病魔に冒され、時には息子の顔さえ判らない。
そんな深い霧の中で、遠くから聞こえる故郷の言葉・・・

父の少し濁った目に徐々に光が差し、そして…

「みんなどうしただ…」

あまりにも普通に話し始めた父に、驚くやら嬉しいやら。
それから30分ほど、流暢な三河弁で談笑する姿に、忘れ欠けていた若い頃の父の姿が重なり、また目頭が・・・
故郷を離れて約50年。
最近では三河弁もめっきり影を潜めていた父なのですが。


僕は関東弁なので、あまりそういう感覚はないのですが、何年も、何十年も使わなくても、地元に帰ると自然に方言が出るそうですね。
たとえ他人でも、同郷の言葉を交わせば、それだけで仲間意識が生まれるとも。
故郷の言葉に乗って、風景や、風や、音や、匂いも蘇り、その中にいる自分までが蘇る・・・
そこは自分のルーツであり、自分の確かな居場所でもあるのでしょう。


方言は大切に守っていかなくてはならない。
父の久々に楽しそうな顔を見て、改めてそう思いました。


そして、Perfumeはつくづくえらいなぁと・・・


yoshida.jpg 

由緒ある豊橋祇園祭(前夜祭)



関連記事

この記事のトラックバックURL

http://electrocat.blog113.fc2.com/tb.php/202-6637310d

コメント

心中お察しします。
そうでしたか。心配ですね。誰もが通る避けられない道なんですが、辛いと思います。
私も父の時に同様な経験をしました。方言ではありませんが。
意識もほとんど無く、問いかけても応えない状態なのに、親しかった兄弟が来るとスッと表情が蘇ったりするんですよね。
私が知らない大切な思い出なのでしょう。

猫さんへ。
なるべく時間を取って、沢山会って話しかけてあげてください。たとえ返事が無くともお父様は必ず聞こえています。
私はそう思っていましたし、もっと話せば良かったなと今更ながら少々後悔してます。

ここまで来れたのも育ててくれた親のお陰ですもの。

長文失礼いたしました。
父上のことは
こんな若造が口出しできることではありませんので、何も申しますまい。

方言で第一に思い出しますのは石川啄木の「ふるさとの 訛りなつかし 停車場の 人ごみのなかに そを聴きにゆく」ですね。言葉ってやっぱり人間の大部分を占めてます。そして帰属する場も指し示してくれます。
electrocatさんのおっしゃるように、方言を大切にしていきたいものです。我らがPerfume、素晴らしいですね(^_-)
様々な
気苦労お察しいたします。
この年になるといろんな事が降り掛かってきますよね。
割り切っておられるという事ですので、安易な言葉は慎みたいと思います。

叔父さん叔母さんの方言も素敵ですが、
かけられた言葉もいかしてますね。
身内ならではの温かさだと思いました。
このようなお話を聞くと、方言や故郷のある人はいいなあと思います。
なんだか自分が根無し草のような気がして・・・
これからの一生でゆっくり探してもいいですよね。
僕もどんな言葉を選べばよいか・・・
大切なお父様とelectrocatさんそしてご家族の皆様が
穏やかな時間を過ごせるよう願っております。

electrocatさんの仰る様に自分が生まれ育った土地の方言って
幾つになっても忘れられないものですね。
僕も地元から離れて暮らしていると不意に聞こえる郷里の言葉に
こころを癒される事が良くあります。

Perfumeの3人が話す言葉は、違う土地に生まれ育った僕達にも魂に響いてくる様で
笑顔と一緒に懐かしさも届けてくれてる様な気がしますね。
軽々しくコメントは出来ないですが、なるべく一緒に居る時間をとられたほうがよいのかなと思います。
お国ことば
大変な状況でしょうね
所謂痴呆症の進行していた晩年の祖母に『岡山弁』で話しかけると不思議と正気を取り戻しているように見えました。
戦前派の亡父が申しておりました…
人間にとって『望郷の念』に勝るものは無いと…
『異郷に客死することの無念さは、天涯孤独ゆえ親兄弟に会う能わぬ事の辛さに勝る』とも…
どうかお国ことばで御父君とのお時間を過ごして下さい。
>GAME-edge_帰宅中さん
コメントありがとうございます^^

>意識もほとんど無く、問いかけても応えない状態なのに、親しかった兄弟が来るとスッと表情が蘇ったりするんですよね。
辛いことを思い出させてしまって申し訳ありませんm(_ _)m
おっしゃる通り、ちゃんと聞こえているのは、そばにいてよくわかります。
それが嬉しいです。

>猫さんへ。

お気遣い胸に沁みます。ありがとうございます。
いまは母はいませんので、父の世話は妹と分担していますが、近所なので僕がメインでやっています。
この木~月も病院で付きっ切りでした(仕事しながらですけど(汗))。
ほとんど寝ている父の横にずっと付き添っているといろいろ考えてしまいます。
こうしているいま、父は幸せなんだろうか?とか。
こうしている時間はなぜ必要なんだろうか?とか。
そんな時の、記事のような出来事だったので、余計に嬉しかったですね^^
>噛みの子さん
コメントありがとうございます^^

啄木も、ふるさとの訛りを聞いて、反射的に自分のホームを思い出したんでしょうね。
ふるさとを離れている人ほど想いは強く、リアクションも大きいと思います。
ふるさとを感じられるものは沢山あるかも知れませんが、言葉が最大のキーでしょうね。
方言の中で育った方を本当に羨ましく思います!
転勤族の家庭に育った僕のふるさとはいったいどこなんだろう・・・
>ロボトリアさん
コメントありがとうございます^^

>このようなお話を聞くと、方言や故郷のある人はいいなあと思います。なんだか自分が根無し草のような気がして・・・
僕も千葉なので、一応ロボトリアさんとは同郷になるんでしょうか(笑)
でも、僕は父が転勤族だったので、小中学校だけで5回も転校していて、どれが故郷?な感じです(笑)
関東にはそういう人が多いですよね・・・
ロボトリアさんも似ているのかな?と少し思いました。
>はぜまるさん
コメントありがとうございます^^

>Perfumeの3人が話す言葉は、違う土地に生まれ育った僕達にも魂に響いてくる様で笑顔と一緒に懐かしさも届けてくれてる様な気がしますね。
不思議ですよね。僕も広島に住んだ事はないですけど、彼女達の広島弁を聞くと懐かしい気持ちになります。
旅先の旅館で女将がその土地の言葉で迎えてくれると、初めて来たところなのに「帰ってきた」ような錯覚を抱くこともあります。
方言が持つチカラって、ホント不思議です。

・・・なぜか女将になったあ~ちゃんが目に浮かぶ(笑)
>名無しさん
コメントありがとうございます^^

アドバイスをいただきありがとうございます!
できるだけ一緒にいられるように奮闘中です(^^)/

こういう時こそ、こういう場がありがたく思います(*^_^*)
>DD-Ayanamiさん
コメントありがとうございます^^

やはり同じようなことがあるんですね!お国ことば恐るべしです^^
お父様のお言葉、すばらしいですね。
故郷や親兄弟は、最も大切にするべきものだという教えを、僕もしっかり胸に刻みました。
ありがとうございます!
お察しします
電悩猫さんの記事を読んで考えさせられました。

昨日うちの息子(下宿独り暮らし中)が20歳になったので、5か月ぶりくらいに
メールを送って久しぶりに親子のやりとりをしました。
家族は今バラバラで僕(東京)、息子(大阪)、嫁+娘(兵庫)になってて、
特に息子は男なんでほったらかしています。
嫁は頻繁に連絡してるようですが。

息子が「20歳になった」という実感が僕の方に無く、ほえ~、マジ?って感じです。
いつまでたっても親にとっては子供のままなんですよね。

だから親父さんにとって、電悩猫さんが立派に社会で生活している今でも
いつまでも子供のままなんだと思います。
親戚の方が来られただけで、方言で元気になるというなら、方言を持たない
電悩猫さんは子供の頃の猫さんに戻ってあげて下さい(^^)

親子の絆って事を思い出させて頂きました。
有り難う御座います。
いろいろと
考えさせられました。
自分も猫さんと同じ様な年代で、そろそろいろいろと覚悟をし始める時だったので、ホント他人事には思えませんでした。出来るだけ後悔しないよう、やってあげたいと思ったことをお父様にしてあげてください。こんなことしか言えずにすみません。。。

田舎というものは、やはり切っても切れないというか、常に自分の中にあるものですね。
Perfumeが広島弁を使い続けるのは、尊敬に値します。どうしても、自分は方言を隠すほうにいってしまうので、堂々と言える彼女達は素晴しいですね。まぁ、私の方言は、相手に意味が通じないということもあるのですが・・・(T△T)
>PPPHIVEさん
コメントありがとうございます^^

>電悩猫さんは子供の頃の猫さんに戻ってあげて下さい(^^)
この言葉をいただいてハッとしました。僕はあまりにも抱え込んでいたかもしれません。これまで、看護師にも任せられない気持ちで介護をしていて、父も具合がいい時は「まるで年寄りになったみたいだなぁ」なんて笑っていましたけど、それは内心、子供に世話になってる自分が情けないとか、悔しい気持ちがあったのかもしれません。
先日も(といってもまだ比較的元気だった頃)、腕が動かないのに小灯台の上の物を取ろうとしていて、僕が取ろうとしたら「自分でやるよ!」なんて言ってました。結局は、自分で頑張ったけど疲れて眠ってしまいました。
父の威厳を尊重しながら介護をする。
その気持ちに気づかせてくれたPPPHIVEさんに心より感謝いたしますm(_ _)m
>runrunさん
コメントありがとうございます^^

>そろそろいろいろと覚悟をし始める時だったので
早いものでいつの間にかそんな年代になってきましたね。
今回見舞いにきていただいた叔父叔母も、久しぶりに会ったら、もうお爺ちゃんお婆ちゃんになっててビックリでしたよ(笑)
こういう時にしか考えられない事をたくさん考えて、悩みながら、ベストを尽くしたいと思います。
お気遣いありがとうございます!

>Perfumeが広島弁を使い続けるのは、尊敬に値します。
近畿圏の方は比較的どこへ行っても言葉を変えないけど、その他の地域の方は標準語に合わせてしまうイメージがあります。もちろんTPOは考慮した方が親切だとは思いますが、Perfumeはそのへんのバランスがとてもいいと思います。とてもナチュラルで、そして故郷を愛しているのがよくわかります。いい子たちですよね(*^_^*)
一般的には、方言はどんどん標準語に近づいてきていて、いまやお爺ちゃんお婆ちゃんしか使わないような言葉も多いようですね。
せめて地元では使い続けてほしいなと思います。
お気持ちよくわかります
実は私の父も昨年夏から入院、そして介護施設に入り、もう自宅に戻ることはないという状況です。そして出身は東三河。父方の親戚はいわゆる「じゃん、だら、りん」(または「だら、じゃん、りん」とも言います)と呼ばれる3つの語尾が特徴的な三河弁が溢れています。

違うところは、父は子供の頃は東京に住んでおり、疎開で(私の)祖父の出身の三河に移ったというところで、父だけがなぜか父の兄弟と違ってほぼ標準語です。つまり猫さんのお父上とは反対ですね。

父は私の住まいから近い施設に入っているため、週末に1度は顔を出すようにしており、MJを父の部屋で見ることもちょくちょくあります。

父が自宅にちょっとだけでも見たいと言っているため、今週末は弟と父を運ぶ予定です。

我々の年代はこういったことが不可避ですが、仕事に忙殺されるのみならず、ちゃんと人としての務めを果たしたいと思っております。
>ngo900jpさん
コメントありがとうございます^^

そうでしたか。
心中お察しいたします。

仕事が忙しい時期、子供が成長する時期、親が衰えていく時期・・・
すべてが重なってしまうのは困りものですね。
昔のように大家族で暮らしていればいろいろと工夫もできたんでしょうが。
でも、父の世話のために、兄弟や家族、親戚との協力体制ができて、絆を感じる毎日です。
これは、父からのプレゼントなのかもしれません。
ngo900jpさんのお父様、ご自宅に戻られて少しでも元気になられるといいですね!

「じゃん・だら・りん」、それです^^
僕も子供の頃は親の影響で時々出ました。
いいですよね、方言って^^

コメントする

管理者にだけ表示を許可する

 

Template Designed by めもらんだむ RSS
special thanks: Sky Ruins DW99 : aqua_3cpl Customized Version】