HOME>Perfume

博士の杞憂

「ねぇねぇ、博士また来てるじゃん!」
「うん。今日も買わずに帰っちゃうのかなぁ・・・」
「でもなんか憎めないんだよね~」

彼はCDショップの店員から「博士」と呼ばれていた。
見事な白髪、眼鏡の奥には思慮深く、そしてイタズラっぽい目が輝いている。
彼は毎日決まった時間に店にやってきて「やあ!」と朗らかに手を挙げると、店の女性に顔を近づけてこう囁く。
「今日も頼むよ」
そして、試聴期間が過ぎたCDを試聴用のプレイヤーに入れさせ、何枚も聴きまくる。
しかし、すぐに険しい表情となり、何やらブツブツ言いはじめるのだ。
その、何かの答えを探求しているような様子と、彼の風貌からして「博士」というニックネームは笑えるほどピッタリだ。
最後は、いつも同じCDのジャケットを眺めてニッコリ笑うと、「お嬢さん達、ありがとう!また明日!」と、高らかに手を振りながら帰っていく。

彼はいったいここで何をしているのか?
何を探しているのだろうか?

会社帰りにこの店に寄るのが日課となっている僕は、彼が初めて姿を現した1週間前からそのことが気になって仕方なかった。
しかし、それを訊いてどうする?という気もして、別段アクションは起こさなかった。


「君はどんな音楽が好きなんだい?」
いきなり耳元で声がして、僕は持っていたCDを落としそうになった。
振り向くと博士が僕を覗き込むようにしている。
「あ・・・どうも。僕、ですか?」
「この状況から見て君しかあり得んだろ」
たしかに周囲に他の客はいない。
「そうですね。」
「それが君の好きなミュージシャンかい?そのミュージシャンは、電子回路を感じているかい?」
「電子回路…ですか?」
「君はシンセサイザーを知らんのかね?」
「いえ、知らないどころか僕も弾きますよ」
「おお!それは凄い!楽器は何を使ってるんだい?」
僕は国産のシンセサイザーの名前を出した。
「デジタルだね。君は回路を感じているかい?」
「回路・・・え~と…」
「今のシンセサイザー弾きは楽器と会話をしているのか?ミュージシャンはリスナーとライブで
  共有関係を作り上げているのか?私は音楽の、そしてシンセサイザーの先行きが心配なんだ。
  光を見つけないと帰れないんだよ!」
「なんか難しい話ですけど、ミュージシャンとリスナーの共有関係・・・ってところは解る気がします。
  ちょっと観てほしいアーティストがいるんですけど、よかったら今からウチで一緒に観ませんか?」
「そうか!まあ、あまり期待はしとらんが頼むよ」
博士は僕が持っているアイドルのCDをチラッと見ながら言った。


再生ボタンを押すと、広い会場を埋め尽くすオーディエンスが映り、やがて客電が落ちると、厳かにステージが始まった。
博士は気のなさそうな様子で眺めていた。
「彼女たちがミュージシャンなのかい?」
「あの3人はまだ子供に見えるけど大丈夫なのか?」
「楽器はどこにあるんだ?」
「これは何というジャンルなんだ?」
彼は子供のように質問を飛ばしてくる。

3人の女性が中央の幕の中に消えると、少しの間を置いて一曲目のイントロが流れた。
幕が飛び散り、再び3人が現れた。
テクノビートに乗ってパフォーマンスが始まった。
博士は急に黙り込んでしまった。


DVDが終った。
結局、博士は最後まで黙ったままだった。
しばらくして、彼はのそっと立ち上がると「彼女たちは何というグループなんだ?」と聞いてきた。
「Perfumeだよ」
「Perfume・・・」
博士が、ありがとうというように手を挙げると、徐々に身体が透けてきた。
「は、博士!身体が!」
「君は私が博士だと知っていたのかい?」
「え?」
「まあいい。君のおかげで光を見つけることができた。これで帰れるよ・・・」
そして彼の身体は完全に消えてしまった。
彼が立っていた場所には、涙の痕のようなシミがいくつも残されていた。


あの日から10日が経った。
出勤した僕はいつものようにメールのチェックを始めた。
すると、見知らぬ送信者からメールが届いている。
「Dr.Moogさん?」
メールは「やぁ!」という挨拶から始まっていた。


先日は素晴らしいものを見せてくれてありがとう!

アナログシンセサイザーの時代は、電子楽器と人間は有機的な付き合いをしていた。
あいつの体調も機嫌もいつも判っていたし、ミュージシャン達はあいつとの会話を楽しんだものだ。
それは熱く、そして愛に溢れていた。
電子回路と人間の感性が見事に融合していたんだ。

私が発明したシンセサイザーは、いまや形を変えて、いろんな分野で活躍している。
しかし、デジタルになり、音がリアルになるにつれ、リアルな楽器の代用的な用途が増えた。
そして、昔のような熱い会話が聞こえなくなってしまった。

アナログシンセサイザーは、私の子供であり、友人なんだよ。
シンセサイザーの行く末を思うと、私は心配でならなかった。
どうしても未来に残したいんだ。
あの、愛に溢れた熱い会話を!

Perfumeを観て、私は愕然としたよ。
こんな形があったのかと!

あのステージには楽器がなかった。
それは私にとっては論外だった。
しかし・・・
クールなシンセサイザーの音楽と、彼女たちの圧倒的なパフォーマンスが見事に融合し、有機的な会話をしているじゃないか!
そこには愛が溢れていた・・・
リスナーも参加して強固な共有関係がなされている。
私は涙が止まらなかった。
やっと見つけたんだ。
光を!

私は、これからも彼女たちを見守っていくよ。
君には何とお礼を言ったらよいかわからないほど感謝している。

もう会うことはないだろうが、君のこともずっと見ているから。
電子回路との会話、忘れないようにな!
ありがとう!


メールはここで終っていた。


最後に、いつものように手を挙げている博士の写真が添付されていた。

その彼のジャケットのインナーには、ショッキングピンクのTシャツが覗いていた。


**************************************************

この物語はフィクションであり、作者の激しい妄想です。
ご気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ありませんm(_ _)m
反対に、同様の物語がお好きな方は、左上の「電脳猫の作り物」をポチッとするといいかもです(^^)/

関連記事

この記事のトラックバックURL

http://electrocat.blog113.fc2.com/tb.php/354-4d43489b

 

Template Designed by めもらんだむ RSS
special thanks: Sky Ruins DW99 : aqua_3cpl Customized Version】